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私がサッカーの「歴代日本代表選手」の中で1番好きな選手は、当時日産自動車(現横浜F・マリノス)の木村和司さんです。木村さんといえば思い出すのが、1986メキシコW杯アジア最終予選第1戦日本対韓国戦です。もうあれから30年経つのですね。実はあの時、テレビで初めて日本代表戦に釘付けになりました。
木村選手といえばもちろん「フリーキック」ですよね。多分、あのゴールが「Jリーグ」を作ったといっても過言ではありません。あの試合、韓国が2点先制して日本が追いかける展開でした。前半43分フリーキックが日本に与えられ、ゴールから35m、右斜め45度、けるのはもちろん木村和司さん、そして左ポスト内側に当たり「ゴール」いやー、あのシュートは30年経つ今でも「伝説のゴール」と未だに言われています。私は今でもこのゴールを思い出す度に、「鳥肌が立つ」のです。そしてたまに一人で泣き崩れるのです。
先程も述べたように、「Jリーグを作るキッカケとなったシュート」になったことだけは言えるようで、試合の方ですが、第1戦は2対1、第2戦は1対0と2試合とも韓国が勝ち、韓国が32年ぶりに「W杯出場」を果たしました。
あれから12年後、日本が「W杯初出場」を果たし、それからというのも5大会連続出場を果たしていて、2回ベスト16入りを果たしています。あの時の木村さんのゴールがなかったら、「Jリーグどころか、選手のプロ化もなかった」ように私は思います。
木村さんというと、86年に日本サッカー協会が「選手のプロ化」に取り組み始めました。まだ選手が「アマチェア」で身分が「会社員」だった頃に、「木村さんを国産プロ選手に!」との声が上がり、日本サッカー協会もようやく「プロ化」の重い腰を上げました。
奥寺さんと共に「日本で2人がプロ登録」され、本格的にプロ化(Jリーグ)が動きました。
その後、徐々に外国人選手も日本でプレーするようになり、そして「Jリーグ」ができました。奥寺さん、尾崎さん、風間さん等、外国でプロ契約してプレーした選手に対し、木村さんは、「純国産プロ選手」といえる、私は何度か試合を見に行きましたが、その度にサッカーが面白くなり、木村さんのプレーにも目が行きました。
Jリーグが出来て2年くらいで木村さんは引退しましたが、フリーキックには何時でも目に物凄く焼きついています。あそこでフリーキックがもしなかったら多分、「Jリーグはなかったし、そういう案もなかった」と私は思います。

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