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僕の好きな歴代日本代表は「ゴン」中山雅史選手です。

ゴンは今から22年前の94年アメリカW杯の予選の時に知りました。
まだJリーグが開幕する直前のことです。
この時、日本代表はまだまだ弱く、でもオフト監督によって日本が急成長している時でした。
アイコンタクト、トライアングルという今では当たり前の技術を選手たちに教えていた時代です。

当時ゴンはJFLのヤマハ発動機の選手でした。
JFLで日本代表に選出されたのはゴンを含めて数人だけ。
僕はそれを知ってJFLの選手で代表に入る選手はどういう選手なんだろう?と見始めました。

そしてアジア最終予選が始まります。
当時の日本にとってこのアジア最終予選はこれまで1勝することすら難しいものでした。
この時も初戦のサウジアラビア戦は何とか引き分け、イラン戦も圧倒的な高さの前に2点をリードされます。
この時、既に87分。
誰もがもう試合を諦めていたと思います。

でもゴンは違いました。
後半89分。
左PA付近のゴールラインを割ろうというボールをスライディングで残し、何とそのゼロ度の角度からシュートを放ったのです。
これをキーパーが弾きゴール。
この時、ゴンはゴールに入ったボールを持ってセンターサークルに走ります。
「まだ諦めんな!」という気迫に勇気付けられました。

今行われている試合でも、負けているチームが1点を返したとき、ボールを持ちながらセンターサークルに走ることがあると思います。
これはこの時のゴンのプレーから来ているものなのです。

このゴンのプレーが僕がサッカーを見るようになって、一番全身が奮い立ったゴールです。

結局この試合は1ー2で負けてしまいましたが、この最後まで諦めなかったゴンが敗戦の中でも「諦めない日本」の象徴になりました。
ゴンが最後の希望として、日本の救世主としてマスコミから注目されるきっかけになりました。

しかし日本はこの敗戦で崖っぷちでした。
残り3試合、3連勝を狙わなければW杯出場はありません。
次の北朝鮮戦。
中山はイラン戦の姿勢が評価され、スーパーサブからスタメンに昇格。
全てを託されました。

北朝鮮では2点目をゴール。
3ー0で快勝しました。

そして最大の難敵韓国戦。
ゴンのパスから始まったボールはカズがゴール。
1ー0というスコアでしたが、内容的にはゴンとカズの活躍で韓国を圧勝した価値のある試合でした。
そしてこれによって最終戦イラク戦は引き分け以上でW杯出場となる所まで勝ち進んだのです。

最終戦のイラク戦、ここでもゴンはスタメンで出場します。
先制点はカズでした。
しかしその後前半はそこから守りに入った日本がイラクに押し込まれ攻撃出来なくなっていきます。
前半はそのまま1ー0でリード。
あと残り45分でW杯出場です。

後半開始直後、前半から猛攻をしかけていたイラクについに同点に追いつかれてしまいます。
このままではW杯出場はありません。

ここでも中山はチームに勇気を与えます。
浮足立つ日本に、イラクはさらに追い打ちをかけていましたが、その一瞬の隙をつき、ゴンは勝ち越しゴールを決めるのです。
「これで勝てる!W杯に出場できる!」
日本国民は誰もが思ったでしょう。

でもそう思った選手たちの緊張はまだ取れません。
防戦一方の状態でしたが、ここでオフトは守りに入らずゴンに代えて武田を投入しました。

ドーハの悲劇はこの交代が運を分けたと言われています。
ゴンのいない日本にはもう誰も気迫を持って立ち向かう選手はいませんでした。
誰もがあと数分間守りぬける。
そう思っていたでしょう。
それがあのFKを生み、最後の同点ゴールにつながってしまったのです。

でも僕はゴンの諦めない姿勢が必ず日本を強くすると信じていました。
そして日本は次の98年W杯で初出場を決め、ゴンはW杯で初ゴールを決める選手になるのです。

僕にとってゴンはこれまでの日本代表の中で一番勇気をもらえた熱い選手です。
そしてゴンのあの勇気がなければ、今の日本代表は無かったと思っています。

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